市川市,本八幡の歯医者です。インプラントや矯正歯科、歯槽膿漏の治療等行っております。お気軽にご来院ください。

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コラム
『親知らず』

親知らずを抜かなければいけない場合

1.まっすぐにはえてこないで、隣の歯にぶつかるように横にはえてきたもの(水平埋伏智歯)

下顎に多い。関節症や歯槽膿漏の原因になり、時期を逸すると隣の歯を含め二歯失うことになる。20代に、親知らずを抜歯すると、骨の造成もよく、骨量は十分に回復する。
反対に、熟年になって、抜歯する場合慢性疾患があるため注意が必要な場合や、骨との癒着、骨の硬化などのため、手技も難しなり、しかも治癒も悪い。たいていは、大きな骨欠損となる。
また、下の水平埋伏歯の場合、その位置が下顎の重要な動脈、神経に非常に近い場合もあり、そのため抜歯後後遺症が残る場合がある。しかし、多くの場合、時とともに治る場合がほとんどある。

CT画像
2.親知らず周囲の歯ぐきが何回も腫れた
3.上の親知らずが、下の歯ぐきや頬の肉にあたって痛い(またはその反対)
4.関節症がある場合
5.矯正治療を始める場合(または矯正治療が一応終わった時)
6.親知らずが、むし歯になっている場合
7.結婚閧フ女の人

妊娠初期は、積極的にレントゲン検査や薬を投薬することができない。主産後は育児に忙しく、来院できない。 また、母乳に薬の成分の一部が混入する恐れがあるため、ェな投薬ができない。そのおため、妊娠前の抜歯をすすめたい。


親知らずの抜歯が嫌がれる理由
1.痛い : 手術中の痛み、手術後の痛み
2.腫れる : あめ玉をほうばっているような腫れ
 
などですが、当クリニックではこのような症状をできるだけ小さくするような工夫をおこなっております。
 
1. CTスキャンをとって、親知らずの正確な位置を知ることで、手術前にある程度をたてることができます。このことで、患者さんに、無駄な、侵襲をくわえないですむ。
2.抗生剤を術前投与し感染する。また、必要な方には、精神安定剤も処方する。
3.抜歯手術中は、モニターで血圧、脈拍数、動脈血の酸素濃度をチェックする。
4. 局所麻酔剤の注射は、患者さんが痛くないように、自動局所麻酔器を使う。実は麻酔をうつ時が、一番患者さんの血圧変動が大きくなるので、痛くなく注射をする必要がある。
5.感染のため、完全に滅菌されたオイフを患者さんの顔面にかけ、清潔な環境を維持する。
6.術中、必要に応じて、降圧剤投与、酸素ガス、笑気ガスの吸入をおこなう。
7. PRP(多血小板血漿)と、コラーゲン(商品名テルプラグ)を抜歯によってできた骨の空洞にいれ、止血、治癒促進、疼痛腫脹の軽減をはかる。

(PRPというのは、患者さんから採血し、遠心分離機を使い、血小板だけをとりだしたもの。通常の5程度に濃縮されるので、止血効果が飛躍的に増大する)


8.
たいていは、抜歯後10日前後で糸を抜いていて一応の完了となる。また同時に、その部分の磨き方を、当クリニックのスタッフがレクチャーします。
良性腫瘍

視診、触診・経過からみて、明らかに良性腫瘍と思われる腫瘍は、切除し、確認のため専門機関へ病理検査にだします。


舌にできた繊維腫舌にできた乳頭腫
 

舌にできた繊維腫
56才男性
長い間虫歯でとがった部分を舌で
触っていた。
舌にできた乳頭腫
52才女性
 


口唇にできた粘液腫
 

口唇にできた粘液腫
なかは、唾液がたまっている。
ヤグレーザーでとる。
 
『顎関節症は、避けられない病気になりつつあるのでは?』。

二足歩行するようになってしまった人類は、重力に逆らったむくいであろうか、その時から腰痛から逃れる方法をなくしてしまった。

ヨ−ロッパのハプスブルグ家によって、ケ−キがつくられ、運悪く広まるにつれ、むし歯は、面においても、量においても格段に増えていった。肖像画におさまっている王妃達は、豪華絢爛な衣装を身にまとってはいるが、実は、むし歯のうずきに日々脅かされていたのかも知れない。

そして現在、コンビニやファ−ストフ−ドが巷にあふれ食品の豊穣さを競い合っている。食生活の習慣は家族だんらんから個食へと変わっていった。縄文時代からの伝統であった、食に感謝し一族郎党のきずなを確かめる場としての、食卓が失われようとしている。代わって、忙しい現代人のため、孤食とでもいうべき個食が街のいたるところで見られるようになった。かつては一人で、菓子パンか弁当を食べると言えば、公園のベンチと相場が決まっていたものである。しかし、現在では、街路と言わず、電車の中と言わず、老いも若きもぱくぱくとほおばっている。父が帰ってくるまで、食事はおあずけであり、また時計をみはからい、友の家を辞した時代にあった、儀礼と欲望へのたがは、食を得ることの容易さと、欲望の肯定を前提とする時代の中で消えていったようだ。そして、こうした個食を支えているのが、コンビニやマクドナルドに代表されるファ−ストフ−ドである。戦後これらの産業の隆盛と平行するように、日本人の欲望をコントロ−ルすることを是とする「つつしみ」と、モラルは低落していった。

コンビニのおにぎりとチ−ズバ−ガ−ばかり食べていて、体に言い訳はないことぐらいおそらく誰でも分かっているだろう。しかし、それは不可避的な時代なのだと指摘したい。さらに、食品の趣味趣向も変わってしまった。咬めば咬むほど味が出るといった食材は敬遠され、一口食べれば、口の中でとろけ、まろやかな芳醇な味が好まれるようになった。現代の味は、舌の味蕾に、まるで化学反応のように、食品の水溶液が接触して感じるものをいうようだ。咬むことによって、唾液がわき出てくる。あふれる唾液とまじり、咬み砕かれすりつぶされるまで、次々と味が変化し味わうことができる。さらに、このような饒舌な食材は、味だけではなく、満足感すら与えてくれる。そんな食材を今の日本人は忘れてしまったようだ。言うまでもなく、そのような食材が、顎の骨、筋肉の成長を大変促進することを思い出していただきたい。

以上申し述べてきたように、日本人の顎骨の成長、筋肉の発育は、絶望的な状況にあるだろう。そしてそのことが改善されることはないだろう。なぜなら、それが時代であるからだ。だが時代がどうであれ、生存するために『喰』わねばならない。『喰う』ための道具である『歯』は、現在の日本人も縄文人のDNAをそのまま継承しているのである。どんな状況になってもサバイバルできるよう、生存にとってもっとも重要な器官は、いいかげんな文明への適応を拒否し続けてきたのであった。そうしたけなげな努力が、時として、まっすぐ生えることができず、ひんまがった歯や、あるいは横に生えた親知らずとして徒労に終わっているのだ。

今日を喜べば、輪がうまれ、明日を憂えば、ストレスが生まれる。だが、今日の喜びだけですまないところに現代人の本当の憂いがあるのかも知れない。

『矯正治療を考える』

「先生、この子の歯が変なところから生えてきたのですが」レントゲンをとれば明らかだが、正常に生えてくるだけのスペースがないために曲がって生えてきたのだ。 矯正治療を考えては、と水をむけると、ほとんどのお母さんは、「様子をみます。」と答える。「変だ」と騒いだわりには、「様子をみる」とはどういう事なのだろう。

プロから見て、悪化することはあっても、治ることはまずありえないと思うのだが。 悪化することを確認しようというのであろうか、それとも、悪化するとわかったものには、目もくれないでおこうと決めたのであろうか。いやいや、勿論その背後にある、本当の理由はわかっているつもりだ。

「悲しいかな。お母さん、お父さん。」しかし皮肉にも、その決断をくだした為に、よりもっと貧しき道をひた走ることになるのではないだろうか。

自分に与えられた条件をクリアーするためには、多くの場合大変な努力がいる。また、クリアーできない条件であるのなら、それと代わるべき代償を持たねばならないだろう。 不器が器用に変身するには、数倍の練習がいる。ものおぼえの悪い頭が、人並み以上になろうと思えば、寸暇を惜しまぬ努力と、屈辱をバネにかえる心が必要になるのだ。 また、背が極端に低ければ、見上げたまなざしに強固な意志の力がみなぎっていなければ話にならないだろう。

よりよい自分への変身願望こそが、明日の自分を作っているのである。それが、戦後日本人を支えてきた原動力であり時代精神であった。 そして、日本人は、一億総中流となった。だが、バブルの崩壊とともに、このような国境でまもられたまやかしの相対化は、はかなくも消え、厳然とした階級がみえてくるのである。

唐突ではあるが、総武線に乗ってみれば判るだろう。御茶ノ水から新宿にむかうにしたがって、矯正治療をうけている学生が増えていくように思える。 反対に、錦糸町をすぎれば、矯正治療をしている学生に出会う頻度は極端に減ってくるのである。有名進学校に通い、歯並びが悪ければ、治療するのは当然であると考える親を持ち、親の社会的地位と経済力をしっかりと計算でき、似たような環境を持つ多くの周りから、有益な情報をいっぱいもらい、そのおかげで、深く考えなくても極端にわりのあわない事はしない。粗暴さとは無縁で、むしろ従順である。話題は豊富であり、自己抑制のきいた表現は、時として大人っぽいともいえるだろう。彼等の多くは、有名大学へと進学していくのであろう。そして、彼らなりのスタンダードを作るのである。

漱石の小説にもあるように、明治時代、三四郎は、立身出世を夢見て東京に出てきた。 大正時代、白樺派は、当時のインテリたちの良識そのものであっただろう。 また、戦後昭和になると、ノンポリで、何の懐疑ももたず猪突猛進であることが、右肩上がりの経済の中核をになう定期券であった。

いつも、次の時代の空気をたずさえ、あらたなスタンダードを持つものが、次代の成功、より良きポジションを得ていくのである。そして、現代のスタンダードは、決して国内の相対化だけにとどまるものではない。 アングロサクソンや、アジアというより大きなインターナショナルなものの相対化のうえに構築されているのではないだろうか。

「あなたは、くちもとに自信がありますか?」というアンケート調査によれば、アングロサクソンの青年は60〜70%の人が、「イエス」と答えるそうだ。はたして、リクルート中の若い日本人は、どのくらいの人が「イエス」と答えるのであろう。おそらく一割もいないだろう。 また、欧米は、「キス文化」だとよく言われる。確かに、男であれ、女であれ、対面して話す場合、その空間的距離は、日本人同士のそれよりも、半歩ほど近いように思う。 このような状況になれることのない私は、正直プレッシャーであり、嬉しくもあり、嫌でもある。空間的距離は、即ち精神的距離であるからだ。あらゆる名詞に、男性か女性か中性かを峻別しなければ、いてもたってもいられない欧米の言語からしても、「見苦しくない外見の美しさ」は、人と人の関係を色づけする、最低の条件であるのだ。

だからこそ、日本人により意欲的に矯正治療を選択していただきたいのだ。

これから起こる「すばらしい可能性」を能力故にあきらめるのなら、それも人生であるだろう。しかし、ちょっとの努力とお金をおしんだばっかりに、あきらめる必要はないと考えるのである。